娘と休みがあったので、大分県臼杵市の白鹿権現(シシゴンゲン)へ行ってみた。
白鹿権現へは、以前より行ってみたいと思っていた。
鹿や猪の骨が崖の途中の洞窟に祀られている。なかなか似たような場所が思い浮かばないところである。
別府で娘と落ち合い車で現地へ向かった。
思っていたより道は良くストレスもなく野津町まで入ってきたが、途中で白鹿権現の方向を示す矢印の書いた看板をみつけた。この看板の指し示す方に道を進めた。だんだんと道幅が狭くなる。それでも突っ切っていく。石が転がったところもありスピードを落とし進んでいく。娘が携帯を見ながらガイドをする。途中廃屋などもあり雰囲気が出てくる。

川沿いの道を進むとようやく現地についた。人気はない。車を道のわきの広場に停め準備をする。準備と言っても軍手を二人分持ってきただけなので鎖場に備えて装着する。二人分持ってきたと思ったが3つしかなかったので娘に2つ渡し私は片手だけ軍手をはめる。

川を渡る細い橋が対岸へと続く。
橋を渡ると左手の上方に熊野神社の拝殿が見える。コンクリート造りの昭和っポイ作りの拝殿であった。白鹿権現への矢印は向かって右を差している。迷わず右へ向かう。

山の斜面の細い道を進む、

進んでいるとすぐに道の気配が薄らいでいく、このまま斜面を歩き続けるのか。
ふと横を見ると山肌に鎖が見える。ここから登るのか。道が間違っていなかった安心感とともにこの崖を登るという現実を突きつけられる。

鎖を登ることはそもそもわかっていたのでさほど驚くことではないかもしれないが、岩質が何とも脆そうで、手をかけたり足で踏ん張ると小石や場合によってはそこそこ大きな石が剥離して下に落ちてしまいそうである。修験道の山などの行場の鎖場は比較的踏み慣らされて足元は頑強なイメージがあるが、ここは脆そうに感じる。さらに落ち葉が所々に溜まりをつくっている。私が先に登ることにした。娘には石が落ちてくる可能性があるので少し離れて私が鎖を登り終えるまで待つように伝えた。
思ったより急斜面、、
鎖を1本クリアするごとに娘が上がってくるのを待つ。片手にスマホをもって片手で鎖を持ち器用に上がってくる。見ようによっては何とも危なっかしい。スマホをポケットへしまったらと声をかけるが、ポケットに入れると落としそうやからと返事が返ってくる。
鎖は確か3本くらいだったと思う。
途中で靴が脱げそうになったりとひやひやしながらの鎖のぼりとなった。ハンズフリーで楽にはける靴は紐で結んだ靴よりも脱げやすいことを学んだ。
鎖場をクリアすると傾斜がなだらかになる。先に洞窟らしきものが見える。ここも足場がよいわけではない。木の枝などを頼りにしようと思うが木が枯れていたり根が浮いていたりして安心して身体を預けられない。
慎重に登っていくと洞窟の前にたどり着いた。
傾いた五輪塔と洞窟の前まで積み上げられた骨が見える。
娘が、これ本物やんなぁ?とつぶやく、、

崖を登った時の上がった息も少し落ち着いてきた。
凄いなぁ
何とも間抜けな感想が自分の口から洩れる。
不思議とおどろおどろしさなどはない。娘も普通にその辺を見て周っている。
何となく骨の種類ごとに分類されて置かれているように見える。
ここの鹿たちは大切にされているな、、そんな風に感じた、、、
そろそろ戻ろうかと娘を促すと、ここはカタコンベやなと娘がつぶやいた、
さらにパリにカタコンベを見に行かなきゃねと嬉しそうである、、
カタコンベはヨーロッパにある地下の共同墓地の事である、髑髏が積み上げられている紹介写真を見ることがある。
そういえば昔カタコンベに行った娘から髑髏のマグカップとキーホルダーを土産にもらったことを思い出した。
崖を降りて熊野神社を訪ねた後、移動を開始した。

熊野神社拝殿曲がりくねった手すり
七里田温泉の鉄臭い炭酸泉に入った。
浴場の壁には二酸化炭素濃度を下げるための換気扇を回しているのでもし換気扇が止まっていたら事務所に連絡してほしい旨の注意書きが貼ってあった。
温泉で硫化水素による事故は過去に聞いたことがあるが、二酸化炭素での事故に関する注意喚起は初めて見た。ある意味それほど作用の強い温泉であるということであろう。
風呂上がりに空を見ると、久住の山と雲が美しい。

娘も無事に温泉から上がってきたので、近くの長湯温泉に移動し食事をすることにした。
娘が長湯温泉の駐車場で猫とじゃれ始めた。猫に相手にされなくなったので食事をした。
食事の後、外に出てみると辺りはすっかり暗くなっている。

腹ごなしに少し歩くと、有名なガニ湯が見えてきた、

明日は娘が車で鹿とぶつかった現場に線香でも持っていくか、、





