産土(うぶすな)のまつり(南嶋奇譚Ⅲ・与那国島マチリ編9)

与那国島 旅ブログ

マチリの3番目比川集落のンディマチリについても五行の解釈をしておく、

10干:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

12支:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥

10干と12支の組み合わせで年や月や日を表現する。

干支の巡りは、10干の最初の甲と12支の最初の子を組み合わせた甲子からスタートし、以下乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、、、、と続いていく。

干支の干は10種類、支は12種類なので、10と12の最小公倍数の60で干支の組合せが一周する。60歳の人を還暦というの60種類の干支の組み合わせをすべて経験した?ことから来ている、、

マチリ 干支 還暦 

2025年60干支マチリ配置図

マチリの開催日を干支に当てはめてみた。

マチリは60干支の57番目の庚申の日にスタートし、翌日58番目の辛酉の日に2日目を迎える。

そして中2日開けて暦の1番目の甲子の日に比川集落のンディマチリとなる。

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マチリ日程表

ここで必殺、五行による解釈を試みる、、

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マチリの10干12支関係

比川集落は子孫繁栄を願う行事である。

マチリ初日の久部良マチリで外敵の侵入を退け、2日目のウラマチリで牛馬を手懐けたあと、比川のンディマチリではいよいよ人の繁栄を願う祭祀が行われる。

干支は組合せの最初の甲支の日が当てられる、、

甲はきのえ、、木の兄すなわち陽の木の日、、

子はネズミ年のネであり、五行の中では陽の水の性質を持っている。

必殺の『五行大義』で、五行の木の部分を以下引用すると、

『『春秋元命苞』に「木とは觸である。地に觸れて生長する」とある。許愼は『説文解字』で「木とは冒である。根が地を冒して突き拔けて出てくる。木という字は屮に從い、下の部分は根にかたどる」とのべている。季節でいえば春に相當する。『禮記』に「春とは蠢のことであり、萬物を生み出す」とある。方位は東。『尸子』には「東とは動である。氣を震わせるので動くのだ」とある。』引用終わり

参照:京都大学人文科学研究所 https://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~takeda/kyoudou/gogyou/gogyoutaigi/gogyo_gogyo_01_y.html

芽が土から出てくるとか、うごめいて生まれるとか、誕生や成長を意味していると考えてよいのではないか、、

ついでに水も見ておくと、以下引用

『 『釋名』『廣雅』『白虎通』ではいずれも「水は準である。萬物を平らかにする」といっている。『春秋元命苞』には「水は演れるという意味である。陰が變化して湿りけを帯び、ながれひろがり大地にしみわたる。したがって水という文字はふたつの人がまじわり、一がその中をつらぬくというかたちになっている。一は數のはじめであり、ふたつの人は男女にたとえている。陰陽がまじわり一がはじまる。水は五行の最初であり、元氣があつまった液體である」とある。『管子』には「水とは地面をながれる血氣であり、筋脈を流通するかのようである。したがって水という」とある。許愼は「その文字は泉がならんで流れ、まんなかにかすかな陽氣があるのにかたどる」 という。季節は冬。『尸子』には「冬は終である。萬物は冬になると最終的に收藏される」とあり、『禮記』には「冬は中という意味であり、中とは藏するということ」とある。方位は北。『尸子』には「北は伏である。萬物は冬になると、身分の高いも低いも同じようにみなうずくまる」とある。以上、五行の季節や方位について分類して説明した。』

長々と引用したが、水は平らかである、沁みわたっていく、水は男女すなはち陰陽が始まるスタートの数字の1であるゆえに元気が集まっている、、筋脈を流れる血気である等々、物事の始まりを表すとともに生命力の豊かなことを表しているようだ、、

あまりこねくり回さなくても始めすなわち生命の誕生や成長を甲子の日は含意していると考えて不思議はないだろう、、

例えば子の日はネズミに例えられるように多産な生き物の意味を持っているとか、

もう少し与那国テイストを付け加えて語るなら、子はネつまり根に通じる、木が根から養分や水分をくみ上げるように生命力がくみ上げられるなどとも言えるかもしれないし、

もっと与那国テイストを強めにするなら、子(ネ)は根に通じ、根の国から魂が再生する場であるとか言うとまた味わい深いものがある、、!

何しろマチリの場にはトゥニがある。トゥニは、刀根と漢字表記がされる、、刀のようにスラリと伸びたトゥニは根から大地を突き破って、根のエネルギーを地上に放射しているのかもしれない、、これはちょっと深すぎるか、、、

 

私は見ていないが、マチリ4番目のンマナガマチリと5番目のンダンマチリついても、五行に当てはめてみると、ンマナガマチリは、壬午(みずのえうま)の日に五穀豊穣を願う。陽の水と陽の火の組合せとなる。陽の日は太陽と考えると雨と陽の調和を願っていると考えておくとよいかもしれない、、また五行大義には『「火とは化のことで、陽の氣がはたらいて、萬物が變化する」』ともあり作物の成長に資する性質も見て取ることができそうだ、、ここで五行相性や五行相殺といった概念を持ち出すと、水剋火(すいこくか)と水の力が火(=日光)の勢いをそぐような意味も見えててしまう。単純に日照り続きは勘弁してくれということかもしれない、、別の視点で見ると12支の午(うま)は、農業にも役に立つかもしれないし、、という表面的な、さっきの子がネズミみたいな解釈もできるかもしれない。

ンダンマチリは、癸未(みずのとひつじ)の日の行われる航海安全の祈願である。陽の水と陰の土の組合せになっている、、これも陸地と海との関係(=航海)を調整するということか、、五行相殺で見ると土剋水(どこくすい)で土は水をせき止めるとなる。土の力によって水の働きを抑えることを表す。荒々しい海を航海のために土の力で静めようということかもしれない、、

 

5つのマチリの行事で、外敵の憂いもなく牛馬も育ち田畑を耕し子孫も繫栄してくると、それに伴い食べるものの安定供給を図るための五穀豊穣を願い最後に航海≒(貿易・人的交流)で島をさらに豊かにという見事な構成になっている。マチリはある意味完成された行事の組立になっている。仏教や神道などたくさんの儀式の次第を持っている宗教の影響が本土ほど強くないにもかかわらずこの完成度はどこから来るのか?いったいいつ誰がこのようなマチリを始めたのだろうか?

Aさんは以前マチリをつくったのは何時かはわからないが、ウバマハマのおばさんであると聞いたことがあると言っていた。ウバハマもしくはウバマハマは大きい姉という意味もしくは単に大きいという意味でハマは浜のことである。比川浜から新川鼻方面に行ったところにウブ浜(ウバマ浜)はある。ウブ浜に通じる道はなく、おそらく海岸沿いに歩いてしか行くことはできないのであろう、、

ウブ浜は生む浜に通じるか、、

話を比川に戻すとンディマチリの祭祀の場の一つ、ンディマチリトゥニは、木に囲まれた砂地にあった。そしてK家のトゥニの前にも浜から運んできた砂が置かれた。

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比川ンディマチリトゥニ

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K家のトゥニ

K家のトゥニの前に盛られた砂は線香を立てるため、香炉の代わりに持ってきたとも言えなくはないが、地面を見ると砂でおおわれているのがわかる。

ンマナガマチリトゥニは砂場の拝所である。

図らずも産土の話が思いだされる。

比川のウブ浜、比川のトゥニのどちらにも海砂がかかわっている。比川の子孫繁栄のマチリに砂は隠れたアイテムとしてひっそりと存在している。

比川はこの島の胎であり産屋でもあるのだ、、

 

 

 

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