マチリ2日目ウラマチリ(南嶋奇譚Ⅲ・与那国島マチリ編4)

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マチリの初日は、庚申の日で(陽の金)×2の最強の金の日で久部良集落にて異国・大国外敵の襲来を阻止するのが祈願の中心であった。

その翌日に行われるウラマチリは、辛酉(かのととり)の日で辛も酉も陰の金の属性の日だ。

ウラマチリでは家畜の繁盛が祈願される、、

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マチリの10干12支関係

五行の金について書かれている『五行大義』という書物は、隋の時代の蕭吉(しょうきつ)が当時のいろいろな言説を集めた書物であるとのこと。『五行大義』は、大陸では失われていたが、日本では伝本していたようだ。この本に五行の「金は禁」のことであると書いていらしい。本当に書いてあるのか京都大学人文科学研究所が訳文をWEBで公開していたので見て見ると、、

以下引用

『許愼は「金とは禁のことである。陰氣がはじめておこり、萬物の成長はここで止まる。土は金を生みだすので、文字は土にしたがう。左右にあるしるしは金が土のなかにある形にかたどる」』

引用終わり

参照:京都大学人文科学研究所 https://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~takeda/kyoudou/gogyou/gogyoutaigi/gogyo_gogyo_01_y.html

確かに『金とは禁のこと』と書いている、、

この部分は後漢の時代の許愼(きょしん)の『説文解字』という字典の引用となっている、、最近では、許愼の文字に対する解釈は必ずしも正しいとは考えられてはいないようだが、古くから比較的最近まで、『説文解字』や『五行大義』に書かれているような五行(木・火・土・金・水)の解釈は、様々な儀式、占術、祭りの行事など、いろいろな派生的な分野でも五行のベースとなる解釈となっていたのだろう、、たぶん、、、

ということで、「金は禁」をベースにマチリの2日目の解釈を試みる。

前提となる話が伝わっている、、

昔、宇良部岳にいた黒い怪物をあるものが捕まえて手なずけると、その怪物はとても人の役に立つ生き物であることが分かった。やがてその怪物を手なずけた家が栄えたという伝承がある。この話がマチリ2日目のウラマチリの起源になっている話である。おそらくは牛のような動物を家畜化した起源の話であろう。

「金は禁」とは、陽気が盛んな夏から、秋になり陰気が発生し陽気の活発な動きを静めていく様子を表している。

マチリ初日のクブラマチリは、異国大国(外敵)退散を祈る行事、荒々しい外敵を静めるには陽の金の強力な静めの力が必要であったのであろう。

2日目の動物の手なずけを起源とするウラマチリもやはり牛馬の荒々しい野生を家畜として静めるための金の力を引き続き必要としたのであろう。辛酉は、どちらも陰の金を属性として持つ巡りとなっている。

家畜の繁栄は島の生産性や豊かさを下支えする大切な基盤に違いない。

ウラマチリは、ティダンドゥグル(太陽所)→アサカダイ→ミドゥマチ→黒島家→祖納家→長若家→大俣家→トゥニカダイ、、、と司(つかさ)が廻りながら儀式が進行する。

今では司(つかさ)がいないため公民館長たちが代わりに巡っていく。中には家が残っていないのか更地のようになって草生している場所もある。東公民館にあるトゥニは、昔の長若家(読み方はナブカともナガオカとも、、)のトゥニではないかと島の方から聞いた、、

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ウラマチリトゥニ

東公民館のトゥニは人の身丈ほどあるすらっとした立派な磐座であった。おそらくは家畜の元となる怪物がいた宇良部岳と呼応しているのだろう、、

長く伸びたトゥニには白濁したミキ(神酒)が注がれ湿った輝きをやどしていた、、

 

 

 

南嶋奇譚・・ガイドブックに載っていない与那国島編

久部良マチリの合間に(南嶋奇譚Ⅲ・与那国島マチリ編3)
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