少し古い旅のつづき、
情報が少ないが、相島には海岸の積石塚群の他に、山手にもドルメン(支石墓?)があるという。
相島の2日目島を出る前に見に行くことにした。
地元の資料などを確認し高妻神社へ行くことにした。
高妻神社(たかづまじんじゃ)は、相島の中にある山幸彦(彦火火出見尊)を祭る神社である。
相島の若宮神社は、山幸彦の妻である豊玉姫とその妹玉依姫を祭っていた。
高妻神社と若宮神社は関係の深い神社なのである。
娘はまだ寝ていたので一人で行ってみることにした。

高妻神社へ通じる道は、参拝する人が少ないのか、道に草が茂っていた。
山の斜面を登るように進んでいくと石段が見えた。

その先に社殿のようなものが見える。

向かって社殿の右手は海側で、左手が山側である。
奥へ進み、山側を見るといくつかの岩が見える。

手前の岩には何か円状の模様も見える。

円状の模様のある岩と上部の大きな岩の間に、草が多い茂り分かりづらいが、2つほどかませ石のようなものが見える。何かの祭祀の跡か、、

線刻はすぐに分かった。
周囲の岩もドルメン構造になっているものがあるはずだが、草木の繁殖で確認ができない。
この辺りは草木一本の持ち出しでさえ禁止されていたと『新宮町誌』に書いてあるとのこと。
詳細は『相島歴史年表(相島歴史の会)』をご参照あれ、、
宗像の中津宮が祀られる大島のすぐ横に地島(じのしま)がある。人口も200人に満たないほどの小さな島である。ちなみに上記資料によると社殿は、この地島にある厳島神社の方を向いているとのこと、、正直なんで厳島?とは思ってしまうが、、決して厳島神社をディスっているわけではありません、、むしろイチキシマヒメにはいつもお世話になっております、、
何を言っているかわからなくなってきたのでこの辺にしておこう、、
相島はまるで神話にまつわる舞台のよう、伝承も多く残っていて興味深い島なのである、、
ネコだけではないぞ、、
周辺の島も含めてもう少し深堀するとまだまだ面白いものが見つかるかもしれない。
今回はここまで、
娘を起こして少し朝の散歩でもして、船に乘って帰ろう、、
そういえば泊まった旅館の入り口付近にあった祠は、東の方を向いていた、、
相島編おわり


