- 近日連載スタート・・南嶋奇譚 ガイドブックに載っていない与那国島
- はじまり(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島1)
- 久部良岳にやってきた(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島2)
- 久部良から祖納へ(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島3)
- 祖納探索(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島4)
- 島内ぐるぐる(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島5)
- 旅の終わりに(南嶋奇譚・ガイドブックに載っていない与那国島6)
- 再び与那国へ(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島1)
- 畳ビーチ4選(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島2)
- ヘビ岩・顔石・磐座・亀石そしてパパイヤ(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島3)
- 西のハトからミミシへ(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島4)
- 女神の拝所・海底遺跡の拝所(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島5)
- 海神の拝所(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島6)
- 大切な場所(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島7)
- ハトと亀(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島8)
- ハトの脚?(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島番外編)
カミヤ地区の亀たちと別れた後、
Aさんが案内してくれた場所は、Aさんの祖先が祀られているもっとも大切な場所であるとのこと。
道なき山の中を登っていく。崖のぼりと言ってもよいかもしれない。
ふうふう言いながら登っていくと、何の説明がなくともここは大切な場所に違いないと気づく場所にたどり着いた。

大切な拝所
高さ5メートル以上はあるであろう鍾乳石の柱が独特の屈折をしながら上に伸びている。そして最上部には何か顔のような塊が見える。Aさんにあれは龍ですか?と聞いてみると、龍という人もいるけど私はハトであると考えている。
ハト?
両側に広がっている天井の部分が羽根を広げているようにも見える。
横から見ると良いよとAさんが上の方へ登っていく。
奥に祭壇のような洞窟が見える。
横から見てみると、、、

なるほど三角形の頭と鍾乳石の柱がちょうど鳥の脚のように見える。とても迫力のある姿がそこにある。この場所を拝所に選ぶ理由がよくわかる。
そしてその鳥に包み込まれるように祭壇のような場所がある。

周辺にも拝所の領域は広がっている。
Aさんは線香とタバコに火をつけハトの拝所の要所要所に置いていく。
神でもある祖先たちに語り掛けるように祈りの言葉が紡ぎ出される。
辺りには陶片や磁器のかけらも散らばっている。

陶器や磁器の破片
反対側の側面から見たハト

ハトに守られたこの地にAさんの祖先はねむっている。
魂はハトに載って西の空へ旅立つのだろうか、、
この島では人が亡くなって1年後に鳥を絞めて西の方に向けて供えるそんな儀式が行われていたとAさんは語った。
現在与那国島には火葬場はない。
最近では体調を崩した人は石垣や那覇の病院に入りそこで寿命を迎えることが多いという。その場合は石垣や那覇で火葬され骨となって与那国島に戻ってくる。
与那国島の島内で亡くなると2つの選択がある。
一つはご遺体を石垣島に運びそこで荼毘に付してお骨を与那国島に持って帰る方法。
そしてもう一つはいわゆる風葬、風葬と言っても野外にご遺体を置くのではなく、墓の中にご遺体を入れ7年たったら洗骨をする方法がある。7年経過する前に、新たにご家族が亡くなると7年を待たずして洗骨をすることもあるという。与那国島の60度の泡盛(花酒)は、洗骨の時に骨を清め、そしてお焚き上げするために重要な役割を果たす。
Aさんではないが、島の方と話をしていた時にこの風葬か火葬かという話題になった。私はその方に『あなたはどちらを望みますか?』と聞いてみた。その方は『俺は風葬、でも子供たちのことを考えると悩ましい。』との返事だった。なかなか難しい選択のようだ。そしてその方は『これ俺のおばあちゃん』と、洗骨のために墓から取り出したその方のおばあちゃんの写真を見せてくれた、、
今回連れてきていただいたこの大切な場所は、崖墓もしくは崖葬墓と言われるものだと思う。東南アジアから南西諸島にかけて広く行われていた葬送の形式と同様の場所であろう。
以前ハワイのカメハメハ大王の墓はどこにあるのかというテーマのテレビ番組を見ていた時に、海に面した崖を撮影しておそらくこのような場所に葬られているのではないかとサジェスチョンしていた。(※随分古い記憶なので違っていたらごめんなさい。)
崖にある洞窟にご遺体をおさめることは想像以上に広い地域で行われていたのかもしれない。
とにかくこの場所について色々な文献をあたってみたが、記載は見つけられなかった。似たような位置づけの場所として大和墓というところはあるようだが行ってもいないし詳細はわからない。もしかすると町や県など行政もその存在を知らない場所なのかもしれない。Aさんもここを知る人は極一部で親族でも知らないものがいると言っていた。今までAさんが連れて行ってくれた場所は、どこもあまり知られていないという意味ではレアで貴重な場所に違いない。道路がないところばかりであった。Aさんには与那国島の魅力を広く知ってもらいたいと思う気持ちがあるようだ。しかし現状このブログで紹介した場所はほとんど案内なしに行くことは困難であろう。Aさんもお元気であるとはいえ70歳代後半のご年齢である。次世代にすべて引継ができている状況とは言えないようだ。
ヘビ石や顔石そして西のハトなど数々の観光に資するのではないかと思われるものがある。それが人工物であれ自然の産物であれ魅力のある場所がたくさん埋もれている。映える写真もきっと撮れるだろう。もちろん信仰の場には敬意やそれに伴う配慮もいるであろう。与那国島は海底遺跡だけではなくたくさんの魅力的なコンテンツのある島である。大切に守られてきたであろう場所がある。その魅力が多くの人に伝わると良いと思う。
さて、この場所はとりわけAさんとその一族が大切に守ってきた場所である。

線香とタバコを供え祈りささげるAさん
そしてここは島に住んでいた人たちの原初的な生活の痕跡を残す、歴史の古層に属する場所なのだ。
明日の飛行機でこの島を離れる、、

