再び与那国へ(南嶋奇譚Ⅱ・ガイドブックに載っていない与那国島1)

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なんやかんやあって、ようやく与那国に戻ってこれた。

と言っても特別たいしたことがあったわけではなく、Aさんと連絡が取りづらかったり、少しでも予習をしておこうと情報を漁ったりで気ぜわしく感じていただけである。

Aさんは今日は歯医者に行くため石垣島に行っている。会えるのは明日の午後からになりそうだ。

ということで今日は気になる場所を見て回ろう。

参考にしたのが、東喜望の『与那国島の伝説とその背景(1998)』 。このジャーナルは池間栄三著『与那国の歴史』を複数個所参照している。この池間の著作は中古でもなかなか在庫が出てこない。今回の与那国には間に合わなかった。

まずはティダンドグル(太陽所)

まだ与那国がまだ海上にドニ(土根)として小さな島として存在していた時にある家族が移り住んだ。その後、島も大きくなり草木も増え人々も増えていったこれが与那国島となった。ここに雨が長く続き困っていたところ4か月で雨が降り止み最初に太陽の光が差した場所がティダンドグルと呼ばれているとのこと。

何となくここまで出てきた単語や地名から想像できるのは与那国ではYの発音がDになっていること。

太陽所が、たい(ティ)よう(ダン)ところ(ドグル)

与那国(yonaguni)のことも確か、「どぅなん」、もしくは「どなん」というと聞いたことがある。

ということは崎元酒造所が作っている泡盛の「与那国」も、どなん酒造が作っている泡盛の「どなん」も両方とも与那国という意味の名前が付いた酒であるということか、、!

凄い発見をしたぞと勝手にひとりで盛り上がっていた。

それはさておき、島が土の根から育ったという話は面白い。

とにかく太陽所(ティダンドグル)に行ってみよう。

番地を確かめそばに行くも場所がよくわからない。

住所地と思われる場所に立つも、ここがティダンドグルであるという確証が得られない。

困った。近くの商店で飲み物を買った。そこで店の方に聞いてみると店の方もよくわからないようで、電話をかけながら誰かに聞いてくれている。ありがたい、やはり地元のネットワークの力はすごい、、

場所を特定することができた。どうも役所の詳しい方に聞いてくれたようだ。

役所の詳しい方についても教えてくれた。後で訪ねて詳しく聞いてみたらと勧められた。

祖納集落の中にあるその場所に行ってみた。壁に囲まれている。

拝所が中にあるのだろうか?よくはわからなかった。

4か月にも及ぶ雨の後、この場所に最初に陽の光が差しティダンドグル(太陽所)と呼ばれるようになった。与那国のかなり古層につながる話なのかもしれない。

大地も育つそしてそれは根から育つ、、なんだかおもしろい、、、

土根とかいて、ドニもしくはドゥニ。

”どぅに”は、そのまま与那国島(どぅなん)につながる言葉なんだろう、、

役所に行って先ほど売店の方から教えてもらった方をたずねて、『与那国の伝説とその背景』に紹介されている数々の伝説の地に行ってみたいことを相談した。

『そんなところ草ボウボウで行きにくい。』とか、『アブ(穴・洞窟)は埋まっているところも多い』とかネガティブな答えが5連続くらい帰ってきた。

わけのわからん奴が突然やってきて、観光地として一般的でない場所に行きたいなどと言ったのでその方は困ってしまったのかもしれない。実際島のどこに行っても草ボウボウであるし、それに観光地として手が加わっていなければ実際見つけることも難しい状態になっているのも事実であると思う。忙しい中対応いただいたことに礼を述べ役所を離れた。

この日訪ねた場所を少し紹介したい。

ウラヌウガン(浦野御嶽)

ここは与那国の13御嶽(うがん)の一つ、航海安全の祈願を行う。

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ウラヌウガン(浦野御嶽)

ンダンウガン(帆安御嶽)

ここも与那国の13御嶽(うがん)の一つ、海上安泰の祈願を行う。

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ンダン御嶽入口

次はビーチの紹介をしよう。

 

 

南嶋奇譚・・ガイドブックに載っていない与那国島編

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